Coolish
ばら、と静かな図書館に無機質なページをめくる音だけ。この息詰まるような静寂が鈴木はいやに苦手だった。本を読むのに必要5分空間が静寂だと誰が決めた。耐えきれず取り出したiPodの充電が運悪く切れているのに気づいたのは何分前のことだったろう。ああ、音のない世界なんて耐えられない!
「退屈そうだな」
視線を本に落としたまま限界まで音を殺すような呟きが静寂を射抜く。
「音がない」
「図書館だからな」
「地獄だ」
「なら血の池でも泳いで来い」
なんて冷徹!言葉は喉の奥にひっかかったまま音になることはなかった。
「音楽でも聞いてたらいいだろ」
ぱらり、ページがめくられる。
「充電切れてる」
「迂闊だな」
また、1ページ世界が進んでいく。鈴木の知らない世界が佐藤の中に広がっていくようだ。それを止めようとは思わない。鈴木の世界を佐藤が止めないように、鈴木もまた佐藤の世界を慈しむ。机に頬杖をつきながら眼鏡の隙間から見える淡い色の瞳を見つめる。その瞳に映る世界すべてを抱き締めてやれればいい。そうすれば佐藤の世界ごと包み込めるから。それだけでいい。それだけで、幸福を知ることができる。
ひとり幸せに浸っていると、ぱたりと広げられた世界が閉じられた。どうしたと視線で問えばため息だけが鈴木に向けられる。手早く本を片付け読んでいた一冊だけを手に佐藤はカウンターに向かった。慌てて後に続き、そのまま図書館の外に出る。冷房で冷え切った体に生暖かい外気が心地よく感じられた。
「もういいのか」
「あんな状態じゃ集中できねぇ」
「俺のせい?」
「他に原因があるとか言う気か」
足早に佐藤は図書館から遠ざかる。機嫌を損ねてしまったのだろうか。そんなつもりはなかったんだけど、と肩を落とす。ああ暑いな。すっかり冷気が消えた体を太陽が遠慮なく照りつける。体が焼ける感覚。背中も顔も、どこかしこが熱い。
「なあどこ行くんだよー」
喧騒にかき消されたのか佐藤の返事はなかった。
「さとー。おーいさとーさーん」
「うるせー」
「聞こえてんじゃん」
「暑苦しいから黙れ」
「ひどくねー!?てか暑いんですけど」
「黙って歩け」
「だからどこに」
前を歩いていた佐藤の足が止まる。同じように足を止めると暑さのせいさか耳まで赤くなった顔がこちらを振り返った。
「冷房、付けてきたから」
それだけ告げてまた背を向けてしまう。徐々に遠くなる背中を見つめながら言葉の意味を考え、にやりと笑みを浮かべた。
「電気代の無駄だぜ、さとー!」
すでに小さくなった背中を追うように暑いアスファルトを蹴りつける。
夏本番。夏休みも始まったばかり。世界はまだ広がり続けていた。
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